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旧栃木町役場庁舎 [建物]

私が通った小学校は、旧県庁堀内に有った栃木市立栃木第二小学校です。現在は第一小学校と統合されて、校名も栃木中央小学校と変わりました。私が通っていた頃校庭の南側に新しい栃木市役所庁舎や栃木市公民館が造られて、校庭も半分の広さになりました。1年・2年の頃は校庭の南側は県庁堀まで有りました。そしてその南東の隅に旧栃木町役場の庁舎と、南西隅に後に旧栃木図書館となる建物だけが建っていました。
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(漕渠側より旧栃木町役場庁舎を望む。手前の橋は「学橋」です)
この「旧栃木町役場庁舎」の建物は、市役所が大通りの元福田屋百貨店の建物に移るまでは、「栃木市役所別館」として利用されていましたが、今は殆ど利用されていません。私もこの建物の中に入ったのは数回しか有りません。昨年の栃木蔵の街かど映画祭で、上映会場となってた時に入りましたが、暗い場内で中の様子を観察する事は出来ませんでした。
先日の映画祭では、「ありがとうのおくりもの展」の会場として演奏会やカフェ、ボタニカルスペースとなっていました。ただ若い人達が多かったので、チョッと中を覗いて直ぐ退散しました。
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(映画祭の日、庁舎の正面玄関)(庁舎内では多くの植物を飾った中で演奏会が)
元栃木県庁が置かれた此の地、残された県庁堀の南東角地に、大正10(1921)年11月、旧栃木町役場の庁舎が竣功しました。設計したのは、町役場の技師「堀井寅吉」です。木造2階建ての洋風建築です。グーグルの空中写真を参考にして、上空からの建物の様子と、周辺の旧県庁堀とそこに架けられた橋の様子を略図化してみました。
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(上空からの庁舎と周辺の県庁堀や橋梁の様子を簡略化した図)
東側に流れる巴波川から、県庁堀まで舟が入れるように開削された「漕渠」。明治初期の県庁堀の図面を見ると、「漕渠と県庁堀との合流点付近に舟で運んで来た荷物を、揚げ降ろしする為の、「揚場」が設けられていました。県庁が宇都宮に移された以降、この揚場は埋め戻された様です。
上空から庁舎の屋根の様子を見ると、北側の建物と東側の建物を直角に合わせ、その合わされた屋根の上に、時計塔を載せています。正面玄関は北側に有り、車寄せが設けられています。
一階は下見板貼り、二階は漆喰壁にハーフティンバーとなっています。木の部分は水色に塗装されています。
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(玄関の柱に刻まれた模)(街灯カバーの金属の細工)(下見板貼りと上下開閉窓)
正面玄関の前に銅板エッチングの「栃木町役場庁舎設計図」が掲示されています。そこには庁舎北面と東面の外観図と、1階・2階の間取り図が描かれています。
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(玄関前、石の台上に掲げられた庁舎の設計図をエッチングした銅板)
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(庁舎の裏手の様子)            (裏手一階中央部の出入り口)
この旧栃木町役場の玄関前の右手に春になると、コブシの白い花が咲き、4月には東側旧県庁堀に架かる「栃木橋」橋詰に枝垂れ桜が、ピンクの花を付けます。
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(春を告げるコブシの花が玄関横に咲きます)(東側「栃木橋」橋詰に咲く枝垂桜)
この「旧栃木町役場庁舎」は平成10(1998)年9月2日に、国登録有形文化財となりました。
数年前までは、栃木市役所別館として利用されていたので、夕暮れ県庁堀が夕陽に染まるころになると、庁舎の窓から明かりが漏れて来ていました。そして闇に包まれてからも、建物の中で働く人の姿が覗われました。
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(西に陽が傾き、県庁堀に夕焼を写す)(庁舎内に明かりが灯り、栃高生が家路へ)
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(すっかり暗くなった中、残業の明かりが窓から漏れる。)
その窓の明かりや屋根の上の照明を受けた時計台が、県庁堀の漕渠に映る景色は、今ではもう見ることは出来ません。
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(旧県庁堀の漕渠に、庁舎の光りが映る。)

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