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栃木県郡市町対抗駅伝を応援して来ました [駅伝・マラソン]

今日、11時頃自転車栃木総合運動公園に、第58回栃木県郡市町対抗駅伝競走大会の応援に出掛けて来ました。
往路のゴール予定時間の11時30分ごろに合わせて会場に到着。すでに会場正面入口の通路から、中央噴水広場には応援の人がコースの両側に陣取って、ランナーの到着を待っていました。
ほどなくランナーの到着を知らせる広報車が入って来ました。
11時34分、前後3台の白バイに先導された、先頭ランナーが私の前をアッと言う間に駆け抜けて行きました。1位は鮮やかなオレンジ色のユニホームに「大田原A」のゼッケン。シッカリと前方を向いて力強い走りを見せていました。
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(県警白バイ隊の先導で公園内に現れたトップランナー)(2位・3位のランナーが通過)
その後も続々とランナーが駆け抜けていきます。我が栃木市のランナーも6番目に通過をしていきました。周辺からも地元選手に一段と大きな声援が起こっていました。
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(4位・5位のランナーが通過)    (10位から6位へと順位を上げて来た栃木渡選手)
目の前を走り抜けていくランナーのスピード感を写真に捉えたいと思いましたが、うまく撮られる事が出来ませんでした。
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(流し撮りで選手の走りの速さを表現しようと試みましたが難しい)
11時48分ごろにはすべてのランナーが、陸上競技場にゴールしました。復路のスタートは12時30分の為、それまで運動公園内で時間を潰すことに。
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(復路スタートまでの間、運動公園内で待つ人達)(今年も地元を応援するゆるキャラさん)
公園内は穏やかな日差しの下、家族ずれや友達同士で応援に来ていました。公園内には多くのテントが張られ、大会に協賛している「JAグループ栃木」・「栃木信用金庫」・「グランディハウス」のPRのブースや、焼きそばのテントの前には大勢の人が行列を作ってました。
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(栃木市陸上競技場の外も、スタンド内も大勢の来場者で賑わっていました。)
復路のスタートを応援して家に戻り、テレビ観戦を楽しみました。
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(復路スタートを待つ、各郡市町チームの襷)
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(12時30分予定通りスタートして、競技場内を走る6区のランナー達)
我が栃木市は、往路は6位で私の前を通過するのを確認しましたが、復路は県庁前に9位でゴール。総合順位はどうなるのか、インターネットでの発表を待ちました。結果的に総合6位と、昨年を上回る成績を飾っていました。
今回の大会も、箱根駅伝で活躍した選手が大勢走って、区間新記録も出ています。「後から後からドンドン素晴らしい選手が誕生してくるなー」と感心します。中学生や高校生の走りも見逃せません。
栃木市は1チームだけでしたが、那須塩原市は3チームも参加して、選手層の厚さを物語っています。
復路のゴールでは、佐野市のAチームとBチームとが同時にゴールして来たのは、これも驚きです。ゴール直前でAチームが先にゴールをして、Aチームの意地を見せていましたが。
今年も地元の郡市町を代表して、一生懸命に走った選手の皆さんに拍手です。

市民マラソンブーム?! [駅伝・マラソン]

先の日曜日は、第10回東京マラソンが開催されました。毎回3万人以上の市民ランナーが参加する国内最大のマラソン大会となっています。私はもっぱらテレビ桟敷での観戦です。第1回の大会では、申込者が約9万5千人、倍率は約3倍だったそうです。ところがこの10回大会では、倍率は11倍以上となっているとと新聞に載っていました。そんな影響か最近では全国で市民マラソン大会が、開催されるようになっているそうです。栃木県内で1年間に開催されるマラソン大会は30大会以上有ります。
栃木県内大会一覧を見ると、年の初め1月1日に開催される、「栃木市元旦マラソン大会」が有ります。この大会は今年、第40回を迎える歴史の有る大会です。我家でも子供達が、小学校から高校生まで参加をしていました。
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(栃木市元旦マラソン大会冊子)  (平成6年元旦マラソン大会受付の様子)
歴史の古いマラソン大会としては、高根沢町の「元気あっぷハーフマラソン兼長距離走大会」そして、大田原市の「芭蕉の里くろばねマラソン大会」がともに43回となっています。
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(高根沢町第30回元気あっぷマラソン大会のスタートとゴールの様子)
一覧表に出ていない大会も有るでしょうし、マラソンでは無く駅伝大会も含めると、年間を通してどこかで大会が行われているかも知れません。
少し前の事ですが、NHKテレビの「あさイチ」と言う番組で、栃木市の知名度をどうしたら上げられるか視聴者からアイデアを募集をしている中で、≪マラソン大会を開催しては。≫と言う意見が有りました。
確かにマラソン大会が開催出来るなら、良いかもしれませんが、それには相当なエネルギーが必要になるんだろうなと思います。
元々栃木市では「元旦マラソン大会」の他に、「太平山・蔵の街マラソン大会」を毎年秋祭りの時期に実施していました。
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(第4回とちぎ・太平山・蔵の街マラソン大会の様子、栃木市制50年を祝うアドバルーン)
それが2002年の第20回大会を最後に幕を閉じました。その理由は私などに分かる筈は有りませんが、マラソンコース等の道路事情によるものと、勝手に想像しています。その当時私は自治会の体育委員として、マラソンコースへの自動車の進入を規制する交通整理スタッフとしてずっと携わっていました。その為、自分の子供達が走っていても、ほとんど見る事も出来ませんでした。
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(最後に成った、第20回とちぎ・太平山・蔵の街マラソン大会)
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マラソン大会を開催する為には、多くの運営スタッフが必要になります。「受付」「スタート・ゴール」「記録」「誘導」「警備」「救護」などなど。
そして肝心なのは、≪安全で魅力のあるコースが設定出来るか≫と言う所だと思います。藤岡町の渡良瀬遊水地の貯水池の周りを走るコースは、一般車両が入らないので安全ですし、駐車場の確保も問題ないのですが、風が強くなると結構ランナーにはきついコースに変わります。以前群馬県板倉町などが主催した「板倉ハートフルマラソン大会」が有りましたが、現在は行われていません。
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(1998年3月の板倉ハートフルマラソン大会、途中から天候悪化して湖面を吹く風が!)
今年。36回目を迎える「鹿沼さつきマラソン大会」もこれまでコースの変更見直しをしてきています。
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(ゴール地点は変わらず、鹿沼市御殿山公園野球場、走り終えくつろぐ参加者達)
新しいマラソン大会が生まれている陰で、消えていく大会も有ります。昭和55年に開催された栃の葉国体を記念して昭和59年から行われてきた、「栃の葉国体記念健康マラソン大会」も平成26年の第32回大会を以って終了となっています。
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(宇都宮市西川田の栃木県総合運動公園陸上競技場での受付の様子)
市町村合併等によっても消えてしまった、又は名前が変わった大会も有ります。
「今市杉並木マラソン大会」は「日光杉並木マラソン大会」に改称され、開催回数もリセットされました。又田沼町では、頭書「唐沢城址マラソン」で開催していたものを、2001年に日本列島の中心田沼町を走ろうというキャッチフレーズにて「どまんなかマラソン大会」に改称しましたが、2005年に佐野市との合併により、現在は「さのマラソン大会」に統一されています。

栃木市も合併により市域も広がりました。新しい魅力の有るマラソンコースを設定して、この市民マラソンブームに乗って、更に栃木市をアピールできる機会を増やせれば良いのですが。

太平山廻遊駅伝競走大会観戦 [駅伝・マラソン]

青空の下、穏やかな冬の陽射しの中、暑いランナーの戦いが繰り広げられました。
第60回目を迎える、栃木市伝統の駅伝競走大会、今年も早朝からスタートゴール地点となっている、永野川緑地公園に向かいました。
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(大勢の選手が集まったスタート地点)     (永野川緑地公園案内板)
インターネットなどで事前情報の収集をしましたが、昨年までの記事しかヒットしません。昨年も2月11日に開催されているので、今年も恐らく今日開催となると予想を付けて出かけた。ところがすでに駐車場は車で溢れて止められない状態。選手がウォーミングアップで走っています。
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(ウォーミングアップで走る選手の奥に日光連山) (歴史が覗える優勝カップ)
私の今日の計画では、開催が確認出来たら、撮影ポイントと決めている、太平山神社参道の隨神門付近に先行して、ランナーが来るのを待つ予定でした。
ところが念の為近くにいた大会関係者の方に尋ねると、今年はコースを変更して太平山には行かないと言うのです。危うくコースと関係の無い所で、来無いランナーを待つところでした。
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(昔、隨神門の前を走りぬける選手を撮影、当時は杉木立がうっそうとしていた)
見せて頂いた「大会実施要項」には、
≪第59回大会まで太平山を廻遊するコースで実施していましたが、コースの凍結や、特にカーブでの走路の安全の確保など、安全面を考え新たなコースとしました。≫とコース変更の理由が記されておりました。
新しいコースの状況が良く分からなかったので、スタート地点「永野川緑地公園」周辺での撮影に計画を変更しました。
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(一斉にスタートをする第一走者)
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(第一中継所、次々に襷が第二走者に手渡される)
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永野川に架かる「大岩橋」を走り抜けるランナー、遠く日光連山を望む)
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(大岩橋上を走り抜けるランナー達)
チームの襷をつなぐ為、一人一人が必死に走る姿は、いつ見ても感動もんです。

栃木県郡市町対抗駅伝競走大会見て来ました。 [駅伝・マラソン]

今日、栃木市運動公園に行って、栃木県郡市町対抗駅伝競走大会を、見に行って来ました。昨日の午前中まで降っていた雪が、まだ道路の隅などに融けずに残っていますが、青空が広がり風も僅かで暖かい日となりました。
家で10時の県庁前スタートのテレビ中継を見てから、10時半に自転車に乗って、往路のゴールと折り返し復路のスタートとなる、運動公園に向かいました。
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(栃木県庁前のスタートの様子。テレビ栃木の放送画面を借用しました。)
現在はこの大会も宇都宮市の栃木県庁と栃木市総合運動公園陸上競技場とを往復するコースに成っていますが、以前は栃木県庁と日光市日光総合会館前を往復するコースでしたので、その頃は応援に行くのも大変でした。今、コースが変更されたことで、私にとっては大変便利になりました。宇都宮栃木線もバイパス道が完備して、片側二車線道路となった事で、選手が走る上でも安全が確保されました。
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(1999年1月31日日光街道森友公民館前中継所の様子)
運動公園に行くとすでに大勢の観戦者が集まっていました。会場ではトップの選手がゴールする前、運動公園内をコースとした「小学生駅伝大会」がすでに行われている事も有り、選手の御両親や応援の人達が、走る子供を追って、同様に走っている姿が見られ、ほほえましく思いました。
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(小学生駅伝大会、襷リレーの様子)
会場には多くのテントが並び焼きそばやいもフライ、おにぎり、唐揚げなどを販売するお店、大会を盛り上げる「栃木太鼓 和蔵会」の太鼓の音色が威勢よく鳴り響いていました。
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(運動公園内を走る小学生選手)      (和蔵会の太鼓演奏の前を走る選手)
小学生の元気な走りも、最終ランナーがゴールすると、後は郡市町駅伝の選手がゴールしてくるのを待つばかりです。大勢の観戦者がコースの先を注視しています。そして歓声が湧きあがり、トップの選手が姿を現しました。独走の様で次の選手が来るまで少し間が有りました。
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(トップで現れた佐野市の選手)        (2位グループの激走)
我が栃木市は往路14位でゴールしました。
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(栃木市チーム、往路ゴールの瞬間)
その後も次から次に入ってきます。陸上競技場のスタンドから、選手に対して盛んに声援が飛んでいました。
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(栃木市陸上競技場スタンドでゴールする選手を迎える観衆)
往路の選手が全員ゴールすると、復路スタートの12時半まで時間を潰すため、会場に応援に来ていた県内各市町のゆるきゃらを撮影しました。とち介を始め小山市や佐野市、足利市から遠く喜連川、矢板などから、ズラッとゆるきゃらの勢ぞろいです。
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(会場に現れた各市町のゆるきゃら達)
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(復路スタートまで公園内で寛ぐ観戦者)
復路のスタートを前に撮影ポイントを探して陸上競技場の中をぐるりと歩き回りました。スタート地点で撮ろうと考えましたが、逆光気味で私の撮影技術ではうまく撮れそうも無かったので、トラックの西側に構えて撮影する事にしました。
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(昼休み、往路で運ばれた各チームの襷がグランドにて復路のスタートを待つ)
復路スタートの号砲が鳴り、一斉に選手が走り出しました。私は予定したポイントで数枚選手の力走を写真に収めました。栃木市の6区のランナー「栃木 渡」選手が先頭でした。郡市町対抗駅伝11.jpg
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(復路スタート直後、競技場内のトラックを走る選手)
又、家に戻ってゴールの様子をテレビ桟敷で観戦しました。今はテレビで完全生中継をしてくれるので、録画していつでも楽しむことが出来る様になりました。
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(栃木県庁前のゴールテープ、トップ佐野市Aチームの選手が見える。テレビ栃木放送画面)
栃木市の結果は、復路5位と頑張って、総合順位8位入賞でした。良かったです。






正月の楽しみ箱根駅伝 [駅伝・マラソン]

今日の新聞紙上に、箱根駅伝に出場する各大学の選手の名前が発表されていました。
箱根駅伝は、正月の2日・3日の2日間多くの人をテレビの前に釘付けにします。どの大学が優勝をするのか、ただトップ争いだけでなく、シード争いや制限時間内での襷をつなげるかどうか、外国人選手の活躍など、見どころは沢山有ります。
エントリーをされた各校16名の選手をどのように配置してくるのかも、表に見えない駆け引きも有りそうです。各選手もこれまで万全の調整をして、大会当日に合わせて来ているのでしょうが、それでも当日の天候や、体調の変化で思わぬアクシデントに襲われる事も、起こります。
選手は誰でも、過酷な練習を積み重ね、スピードアップを図って来ているので、筋肉等を極限状態まで酷使し続けているはずです。それが突然爆発をしてしまうケースもこれまで何度となく見ています。
駅伝競走の厳しさはそんな状態でも、選手は痛さをこらえて必死に襷を次の走者まで、届けなければならない使命を抱えて走っています。コースを走っている選手は、共に走る仲間の他に、陰でサポートしてくれている多くのメンバーと共に、この箱根に来ている事を全て背負って走っています。だからこそ力強くも有るし、時には悲壮感の中で走る事も有り、見ている私達を引き付けています。
今回の第92回の大会には、栃木県内の高校出身者の名前が15名有りました。那須拓陽5名、佐野日大5名、作新学院2名、白鷗大足利2名、そして宇都宮白楊1名です。何人の選手が実際に走るかは今は知り得ませんが、皆さん精一杯練習の成果を発揮して結果を残せるよう走って欲しいと思います。
私は前に一度、箱根芦ノ湖の往路ゴールでの観戦に行った事が有りますが、小雨降る悪天候でしたが、沿道には沢山の観衆が出ていました。私も選手たちに声援を送るべく、沿道で選手が来るのをひたすら待ちます。いよいよ先導白バイが通過すると、あっという間に走者が目の前を駆け抜けていきます。「ガンバレー」と一声掛けるのが精一杯、写真を撮る間も有りません。
やはり、今回もテレビの前で、じっくりと観戦したいと思います。


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