So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

雪化粧した栃木の市街地を歩く [自然の恵み]

昨日の昼ごろから降り出した雪が、久しぶりの大雪となり我家の周りもたちまち白銀の世界へと変わってしまいました。雪は今日の未明まで続きましたがその間我家の庭の片持ちの車庫の屋根の雪がみるみる厚さを増して、このまま降り続いたら倒れてしまうのではと言う不安が広がり、夕方5時頃と夜9時頃の2回、雪の降る中、車庫の屋根の雪を必死で下ろしました。
今朝さっそく車庫の無事を確認しました。丁度朝日が東の空を赤く染め始めていました。
家の周りの田圃は一面に雪化粧し、幻想的な風景を見せています。
雪化粧した箱森町1.jpg
(我家から北西方向を望む。後方に男体山を始め日光連山が頭を出しています。)
雪化粧した箱森町2.jpg
(我家から南東方向を望む。一面に雪をかぶった田圃が広がっています。)
雪化粧した箱森町3.jpg
(我家から南西方向を望む。雪景色を清水川が割る様に流れています。)

雪化粧した風景はこの辺ではめったにお目に掛かれないので、カメラを手に栃木の街に、雪化粧した街の風景を切り取りに行ってきました。
雪化粧の嘉右衛門橋.jpg
(巴波川に架かる嘉右衛門橋。道路も橋の欄干にも雪が積もっています。)
雪化粧した嘉右衛門町通り.jpg
(嘉右衛門町通り。朝日を浴び瓦屋根から雪がまさに流れ落ちようとしています。)
雪化粧した嘉右衛門町通り2.jpg
(嘉右衛門町通り、泉町付近。重要伝統的建造物群保存地区の雪化粧姿。)
雪化粧した栃木病院.jpg
(青空をバックに屋根に雪を載せた栃木病院を望む。)
雪道を登校する小学生.jpg
(市内の学校は始業時間を2時間遅くした様です。開運橋近く雪道を登校する児童達。)
雪化粧した横山郷土館.jpg
(巴波川沿いの横山郷土館。早々と開館をして観光客を待っている様です。)
雪化粧した塚田歴史伝説館.jpg
(やはり栃木の街の風景と言えばここ、幸来橋から望む塚田家の土蔵群と黒塀)
雪化粧した元栃木町役場庁舎.jpg
(元県庁堀と元栃木町役場庁舎。旧栃木市役所の建物もすっかり解体され今は更地となり、スッキリした風景です。)
雪化粧した栃木高校.jpg
(栃木高校付近。手前の橋は元県庁堀にかかる清水橋)
雪化粧した栃木1.jpg
(栃木市役所の駐車ビルに昇り、雪化粧した栃木の街を太平山をバックに一枚)
雪の積もった道路を滑らないように注意して歩いて回った為、7,800歩程度のコースでしたが、結構疲れました。それでも雪化粧した栃木の街の一部を切り取ることが出来ました。
nice!(0)  コメント(0) 

「とちまるくん」がマンホールの蓋に! [コレクション]

先日、読売新聞栃木版で、福田栃木県知事が定例記者会見中、「栃木県内流域下水道用マンホール蓋のデザインを栃木県のマスコットキャラクター「とちまるくん」を用いたものに刷新する」、との話が有ったことを報じていました。
栃木県流域下水道1.jpg
(現在布設されている栃木県流域下水道のマンホール蓋の一種)
デザインマンホール蓋の収集を趣味としているコレクターとしては、新年そうそう楽しいニュースが入って来たと喜んでいます。
一昨年の4月から発行が始まった「マンホールカード」が、最近色々なマスコミの番組で取り上げられるようになり、知名度が増して多くのコレクターが、カードを発行する自治体を歩き回る様になっています。
栃木県内で最初に、このマンホールカードに着目をした足利市は、2016年8月発行の第二弾で、足利学校の「学校門」をデザインしたカードを発行しています。更に足利市は2017年4月発行の第四弾でも、足利学校に関するデザインで2枚目を出してきました。
足利市学校門.jpg足利市「学」.jpg
(マンホールカードに成っている足利市のマンホール蓋。二種類)
(現在これらの二種類のマンホールカードは準備した枚数の配布を終了して、増刷を待っている状態と言います。それほど多くのコレクターが足利市を訪れているのです。)
足利市はこうした観光の目玉を作るのが得意な自治体だなといつも感じています。
現在多くの自治体がこの「デザインマンホール蓋」や「マンホールカード」のブームにあやかりたいと検討を進めていると聞いています。コレクターとしてもうれしい現象です。
現在、栃木県内にはどれくらいのデザインマンホール蓋が有るのか?これまで私が県内を探し回って写真に収めた枚数は57種類を数えています。同じデザインで、カラー版を設置している自治体も有りますが、カラー版は設置枚数が少ない為、見つけるのは至難の業です。それだけに発見した時は気持ちが良いものです。
那須の与一.jpg矢板市ともなりくん.jpg
(大田原市のマンホール蓋、那須与一)    (矢板市のマンホール蓋、ともなりくん)

新しい「とちまるくん」をデザインしたカラー版のマンホール蓋が、今月30日午後3時頃までに、上三川町多功に有る「栃木県県央浄化センター」の構内に設置されると言います。
今から楽しみです。
nice!(0)  コメント(0) 

石橋改築記念之碑(栃木市新井町) [石碑]

今回は栃木市新井町に建つ「石橋改築記念之碑」を紹介します。
場所は新井町のほぼ中央、元村社天満宮の前の道路を隔てた南側に建っています。
新井天満宮.jpg
(元村社、新井の天満宮)
石碑は道に面して建てられている為北向きの状態になります。
石橋改築記念碑.jpg石橋改築記念碑揮毫.jpg
(天満宮前の道路脇に建つ石碑)      (皆川村長野原政次篆額)
その為写真を撮っても逆光に成る為なかなか上手く撮れません、何度か通う間に一度だけ光の具合の良い状態に巡り会え、碑文を読める写真を撮る事が出来ました。
石橋改築記念碑碑文一部.jpg
(碑文を読み取る為何枚かに分割撮影した一部)
石橋改築記念碑碑文写し.jpg
(碑文全体を書き写しました)
碑文に出てくる二十三ヶ所の改築された石橋が現在どこに架けれれていたものか、地元民ではない為分かる訳も有りませんが、大正の初期に皆川村新井郷の住民が力を合わせてこの大事業を成し遂げた喜びが、碑文に滲み出てくる感が有ります。
nice!(0)  コメント(0) 

富士山を見に [自然の恵み]

正月の休みを利用して、家族揃って富士山を見に行くことが、数年前から我家の恒例行事と成っています。
今年も1月2日に行ってきましたが、ここの所の安定した天候で、スッキリとした青空を背景に白い雪を輝かせた富士山が姿を見せてくれていました。
富士山1.jpg
(河口湖側からの富士山)
河口湖に到着した時は既に午後1時30分を過ぎていたので、とりあえず「ほうとう」を食べる事のしました。
去年の暮にはどうした事か、三度も富士山を見に行っています。
最初は11月上旬に、石割山・大平山ハイキングに参加して、山中湖と富士山の展望を満喫しました。ただこの時はまだ富士山に雪がかぶっていなかったので、少し物足りなさが有りました。
富士山(山中村より).jpg
(大平山頂から、手前が山中湖)
2度目は11月中旬、沼津市のマンホールカードを入手する目的で訪れましたが、出発が午後に成ってしまっていた為、撮影ポイントに着いたのが6時30分を回ってしまって夜景の富士山と成りました。
富士山(沼津市戸田より).jpg
(沼津市井田の煌めきの丘より撮影)
正面に見える光が富士市の灯かり。その光の右手方向に薄っすらと富士山のシルエットを捉えました。

そして3度目は12月の上旬に富士市へ。市役所屋上の富士山展望台から一枚パチリ。
富士山(富士市から).jpg
(富士市役所屋上の富士山展望台より撮影)
何度見ても富士山は魅力的です。360度どの方角から見てもその均整の取れた姿は美しい。
これだけ富士山に足を運んだのですが、初夢は残念ながら「一富士」とはなりませんでした。
nice!(0)  コメント(0) 

幸来橋と開運橋と、その親柱に付いて [栃木市の河川と橋]

栃木市内を歩いていると、時に思わぬものを発見する事が有ります。
「え、こんな所にどうして、このような物が!?」と。
栃木市民であれば、巴波川に掛かる「幸来橋」と「開運橋」の名前を知らない人はいないと思います。
どちらも縁起の良い言葉が付られているので、郷土のお酒にもこれらの名前を付けたお酒が有るのか、市内の酒屋さんの看板に「幸来橋」「開運橋」の名前を見る事が有ります。
酒店の看板1.jpg
(栃木市内のお酒屋さんで、見かけた看板)
これらの橋は当然の様にこれまで何度か架け替えられています。
現在の橋は、「幸来橋」(こうらいばし)が平成4年11月(1992)に竣功しています。そしてそれまでの橋は大正14年7月(1925)の竣功でした。それ以前の橋は私が生まれる前の事ですから写真で見ただけですが木橋が架けられていました。
2000年幸来橋.jpg
(現在の「幸来橋」、平成12年撮影)
旧幸来橋親柱2.jpg
(架け替え前の「幸来橋」、平成3年6月撮影)
一方「開運橋」(かいうんばし)は少し新しく平成12年6月(2000)の竣功で、以前の橋は昭和12年4月(1937)の竣功でした。
開運橋.jpg
(現在の「開運橋」、平成25年6月撮影)
1980年頃開運橋.jpg
(架け替え前の「開運橋」、昭和55年撮影。後方に栃木セントラル劇場やウズマコーポが写る)

ところが、これらの架け替え前の橋の親柱が、市内の一般家庭の庭先に、庭石や石灯籠の様な感じで飾られていました。どうしてなのかは私が知る由も有りません。
でも偶然に見つけた時はその姿を、懐かしく感じました。
旧幸来橋親柱1.jpg旧開運橋親柱1.jpg
(旧幸来橋の親柱)                  (旧開運橋の親柱)

こうした架け替え前の親柱を記念に残している所も有ります。私が見つけたものでは、栃木県内では思川に架かる小山市の「観晃橋」の旧親柱のひとつが、祇園城跡公園の南側、現在の橋の北東側橋詰ポケットパークに展示されています。
観晃橋3.jpg旧観晃橋親柱1.jpg
(思川に架かる現在の「観晃橋」)          (橋詰に残る「旧観晃橋」の親柱)
観晃橋1.jpg観晃橋2.jpg
(現在の「観晃橋」の親柱。竣工は平成4年7月)

もう一つ、下野市と真岡市との境、鬼怒川に架かっていた「旧大道泉橋」の親柱のひとつが、今は解体撤去された旧大道泉橋が架かっていた東側橋詰近くに祀られている「石尊神社」境内に、残されています。
旧大道泉橋親柱1.jpg
(旧大道泉橋の親柱が、旧の「大道泉橋架設記念碑」と共に残されています。)

残念な事に最近新しく架けられる橋には、この親柱を持たないものが多くなっています。2007年5月竣工した新しい「大道泉橋」もその例に洩れず、親柱が有りません。親柱は橋のシンボルであると思っているのですが。
nice!(0)  コメント(0) 

謎のとけない舟形構造の通り・・・鹿沼市 [地図]

先日、久しぶりに鹿沼市の市街地を歩いて来ました。
今回は「歴史と文化を歩く会-栃木-」の19名のメンバーと一緒に、鹿沼市の観光ボランティアガイドさんの案内で、鹿沼市の旧市街地、日光道中壬生通り(旧日光例幣使道)の鹿沼宿を巡り、昨年(2016年)11月30日ユネスコ無形文化遺産に登録となった「鹿沼今宮神社祭の屋台行事」の見事な彫刻が施された屋台と歴史ある社寺等の説明を受けて来ました。
東武新鹿沼駅前で現地のガイドさん達と落ち合い、鹿沼の歴史と文化の旅が始まりました。
駅前から東へ伸びる道を歩く、150メートル程で南から北に鹿沼の市街地を縦貫する通りとの交差点の角に出ます。「新鹿沼駅前交差点」と信号機の上に表示されています。この交差点から北側方向は二股に道路が分かれる「五差路」となっています。北に向かって右方向の通りが「田町通り」、そして左方向が「内町通り」と云われたと、観光ガイドさんの説明が続きます。
分岐点.jpg
(駅前交差点角から北側を撮影。手前の通りが例幣使街道、向こう側が田町通り。)

今回の鹿沼宿を歩く企画に参加を決めた時、私の頭の中に昔から消えずに残っていた疑問がよみがえって来ました。そして今まさに観光ガイドさんがその事について説明をしています。私は聞き耳を立て、その言葉の一句一句を聞き漏らさぬよう耳を傾けますが、脇を走り抜ける自動車の音にかき消されて、断片的になっています。
鹿沼宿を縦貫する街道筋は、上記の通りこの地点で二筋に分かれ、次第に離れるものの、互いに北に進み、鹿沼宿の先で又合流しています。その街道筋が描く形が舟の形を呈している「舟形構造の通り」に成っています。
元々はこの鹿沼宿の通りは右側の「田町通り」の1本だけでその道幅も1間ほどの狭い通りだったと言われます。それが、元和二年(1616)徳川家康が死去して、その遺骨が久能山から日光山へ移される事に成り、時の代官「大河内金兵衛秀綱」が、「田町通り」の西側、お城の近い側に幅12間の道路を開鑿したのが、現在の「舟形構造の通り」となった由来の様です。
1980年10月10日、「(株)そしえて」より発行された「地図の風景、関東編Ⅱ、埼玉・栃木・群馬」と題する本の中に、まさにこのテーマを記した記事が載っています。今回のタイトルに書いた「謎のとけない舟形構造の通り」は、その記事のタイトルに有った言葉を使わせて頂きました。
残念ながら街を歩くだけでは、この二筋の通りが「舟形構造」に成っている状況を知る事は難しいですが、国土地理院発行の2万5千分1の「鹿沼」の地形図を確認すると一目瞭然です。丁度今年の4月1日に最新の「鹿沼」の地形図が発行されたばかりですが、そこには「舟形構造の通り」をハッキリと確認出来ます。
舟形構造の通り・鹿沼市.jpg
(鹿沼市街地の主要道路の様子、南北方向に二筋の通りが舟の形に成っています。)

本来は従来から有る「田町通り」を拡張する所なのでしょうが、急遽「徳川家康」の遺骨を日光へ移送する事と成った為、恐らく通り沿いの家屋を移すより、それまでの集落の裏手をバイパスさせる方が、早く街道を整備できるとの判断で、新たな12間幅の道路を通したものと思われます。
こうしたバイパス道は、交通渋滞が激しくなった通りではどこでも渋滞緩和策として行われています。しかしこの鹿沼市の様な綺麗な舟形の構造は、あまり見られません。私の住む栃木市内にも「栃木環状道路」・「富田バイパス道」・「藤岡バイパス道」など旧道の渋滞解消を目的に整備されていますが、どれも道路が複雑に曲りあって、この鹿沼市の様な構造には成っていません。

こうした道路が二股に分かれ、又合流する構造は幹線道路などで良く見かけます。それらは一般に元々有った旧道が曲がりくねって、その上道筋に家並みが密集している所で、その集落の始点と終点の二点間を直線的に結んだ、言わばショートカットされた新道との組み合わせです。こうした通りの構造を「舟形構造の通り」に対して私は「弓型構造の通り」に成っていると思っています。
栃木市内には、こうした「弓型構造の通り」はいたる所で見る事が出来ます。
例えば、県道2号線(宇都宮栃木線)にては、大宮町印役付近。そして県道3号線(宇都宮亀和田栃木線)の、都賀町家中下新田付近。これらは少し大きめの集落を通らずその脇を新しい道路が直線的に抜けています。
栃木市内では有りませんが、県道31号線(栃木小山線)での、小山市卒島や小山市立木の集落にも見られます。
大宮町印役付近.jpg
(栃木県道2号線、栃木市大宮町印役付近。南側の曲がりくねった道が旧道)

しかしここ鹿沼市に有る様なハッキリした「舟形構造の通り」はなかなかお目にかかれません。ところがその鹿沼市内で今又、新たにこの「舟形構造の通り」が出現して来ました。それは鹿沼市の東部を横断する県道4号線(宇都宮鹿沼線)、東部台地区の東町から菊沢地区の千渡の区間、現在の県道4号線の北側に滑らかな円弧を描く様に新しい道路が姿を現して来ています。
県道4号線鹿沼市千渡付近.jpg
(栃木県道4号線、鹿沼市千渡付近。北側の新しい道路で交通渋滞解消に。一部推定です。)

今も各地で道路工事が進められています。その中には以前から有る道路の拡張で有ったり、新たに計画された道路で有ったりと、その目的は色々です。地形図を見ているとそこに描かれている地形にまた新たな謎が生まれて来ます。


nice!(0)  コメント(0) 

巴波川沿いをほのかに照らす竹あかり [祭]

巴波川沿いの冬の風物詩「うずま冬ホタル」に替わって、昨年から行われている「うずま竹あかり」を見て来ました。
竹あかり1.jpg
(陽が西の空に傾く頃、竹あかりの光りが輝きを増してきます)
昨年は巴波川橋北東橋詰に有る、「蔵の街遊覧船待合処」の板塀沿いだけでしたが、今年は本数を108本に増やし設置場所も巴波川橋から上流に遡り、「幸来橋」、「倭橋」更にその上の「常盤橋」まで、巴波川の左岸沿いに設置されて、ほのかな光の列を作っています。
竹あかり2.jpg
昨年は「うずま川遊会」の船頭さん達により孟宗竹への細工をされていましたが、今年は本数を増やす為に県立栃木工業高校の生徒さん達も協力をしていると聞きました。確かに細工された竹筒燈籠のデザインを確認してみると、有りました栃工校の校章が細工された作品を。
竹あかり(栃工)1.jpg竹あかり(栃工)3.jpg竹あかり(栃工)2.jpg竹あかり(栃工)4.jpg竹あかり(栃工)5.jpg
(栃木工業高校の生徒さん達の作品)
栃工校は私の母校なので、後輩たちが色々な所で活躍をしているのを誇らしく思います。新大平下駅東口広場で行われているイルミネーションにも、栃工校生徒達の作品が花を添えています。
竹あかり3.jpg竹あかり4.jpg竹あかり5.jpg竹あかり6.jpg
巴波川の「うずま竹あかり」はイルミネーションの様な鮮やかさは有りませんが、やさしいオレンジ色の光りは蔵の街の風情にマッチしていると思っています。
竹あかり7.jpg
(屋形船にも明かりが燈され、色を添えています)
竹あかり8.jpg
(今年は横山郷土館前にも竹あかりが燈されています)

nice!(0)  コメント(0) 

巴波川の遊水池 [栃木市の河川と橋]

今日、久しぶりに巴波川の源流のひとつ、栃木市川原田町の「白地沼」まで歩いて遡って来ました。
「白地沼」はかって「標茅が原(しめじがはら)」という平安時代以来東国の歌枕として、都まで聞こえた名所に位置し、湧水がコンコンと湧いていましたが、現在は全く湧き出る水も無く涸れ沼と化しています。
現在の白地沼.jpg
(現在の白地沼、沼の東側に「標茅が原」の説明板が建てられています)
白地沼(1980年).jpg
(1980年8月に撮影した時の白地沼)
今回歩いて驚いたのですが、この「白地沼」から少し流れた場所に有った「二股沼」が大きく姿を変えようとしているのです。
元々「二股沼」は北側の「白地沼」から流れて来た水と、東側から流れて来た水が合流する場所となります。上記した通り現在「白地沼」は涸れ沼化して殆んど水の流れは見られませんので、この「二股沼」から流れ出ている水の殆んどは東側から流れ込んでいる水と言って良いと思います。
この東側から流れ込む水路の水を遡ると、思川の七ツ石西方に有る「桑原用水堰」から取水していると言う、「桑原用水」にたどり着きます。
この「二股沼」を遊水地とする「遊水地整備工事」が進められているのです。
巴波川第六遊水地造成中.jpg
(二股沼の北側から見た状況、整備工事の看板が立てられています)
桑原用水末流落ち口.jpg
(二股沼の東側から見た状況、桑原用水からの水が流入しています)
巴波川の上流域、栃木環状道路の北側、大町から川原田町に有っては、巴波川も細い灌漑用水路だった為、台風や豪雨時には氾濫する事が多かった様です。特に最近は流域近くに住宅が増え、市街化が進んで来た為、洪水が発生すると家屋への浸水被害も生じる様になっていていました。その為河川を管理する栃木県が「一級河川巴波川 河川改修事業」の一環として「遊水地」の整備を進めて来ている様です。
事業計画は一期区間と二期区間とに分かれて、一期区間は栃木市箱森町北東部から大町北部にかけての巴波川沿いで、既に完了をしていて、下流側から「第一遊水地」、「第二遊水地」、「第三遊水地」が出来ています。
巴波川第一遊水地.jpg
(第1遊水地、北側から撮影)
巴波川第二遊水地下.jpg
(第2遊水地下流側、周囲はフェンスによって囲まれています)
巴波川第二遊水地上.jpg
(第2遊水地上流側、こちらも周囲をフェンスで囲っています)
巴波川第三遊水地.jpg
(第3遊水地、左側の建物は「とちの木病院」、右側が巴波川の河道、中央に越流堤)
現在工事を行っているのは第二期区間、巴波川の最上流域で川原田町、市道114号線(吹上合戦場線)の巴波川に架かる「二股橋」の上流域で東側から流れてくる水路の南側部分が「第6遊水地」、水路の北側部分を「第5遊水地」とする区域の様です。
巴波川第五・第六遊水地造成中.jpg
(手前の橋が「二股橋」、第5・第6遊水地整備工事の真っ最中)
二股橋(2016年3月).jpg
(昨年3月に撮影した「二股橋」、北側に水田が見えます)
この他に「二股橋」の下流側、栃木市営川原田東団地の北北西の位置に、「第4遊水地」が計画されている様ですが、まだ工事は着工されていない様子です。
巴波川第四遊水地予定地.jpg
(第4遊水地の計画地と思われる地点)
これらの河川改修事業が流域の洪水対策となって、安心で安全な生活に寄与していく事になるのでしょう。
nice!(0)  コメント(0) 

マンホールカードの第6弾が出た [マンホールカード]

12月9日土曜日、マンホールカードの第6弾が配布開始となりました。
少し前の読売新聞栃木版にお隣の佐野市がマンホールカードの発行を計画していると言う記事が載っていたが、今回の第6弾には実現出来なかった様で、栃木県内では下野市の一枚だけと成っていました。
現在、マンホールカードの認知度が徐々に広がり、テレビや新聞で取り上げる機会が多くなって来ています。その為多くの自治体がマンホールカードの発行を希望して、順番待ちの様になっていると言う話も聞こえています。
私のマンホールカード収集の旅も隣接県を完了して、遠方の一枚のカードを収集する為に車を飛ばして一日掛かりで収集する状況に成っていたので、ここで又新たな収集が可能となりました。
さっそく埼玉県羽生市のマンホールカードを貰って来ました。
マンホールカード羽生市.jpg
(第6弾で発行された埼玉県羽生市のマンホールカード、表面と裏面)
第6弾のマンホールカードは12月9日土曜日からで、その中で市役所内の下水道課や流域下水道の施設が配布先として設定している所の多くは、平日しか窓口が開いていない為、休日の収集は観光施設や福利厚生施設の配布場所へ行くことになりますが、この9日・10日の2日間で羽生市へこのカードを貰いに来た人は約200名となっていました。(私が10日の終了間際に駆け込んでアンケートに記入した時の受付番号が199番と成っていたので。)
現在、足利市が配布している2種類のマンホールカードは、どちらも配布が終了となっています。2ヶ所とも配布場所が観光施設の為、収集する側としては非常に便利な条件だからでしょう。ただマンホールカードの良い所は、配布が終了しても又増刷をして配布を再開してくれるところです。なにも焦ることなく一枚一枚貰いに行けば必ず収集する事が出来ます。
マンホールカードの認知度が上がって、収集する人が増えて、無くなるケースも多くなるので、収集に出掛ける直前に配布の有無をインターネットで確認する事にしています。(今まで2回無駄足を踏んでいる経験より)
配布の窓口にては、大体アンケートへの協力をお願いされます。内容としては「どこから来られたか、市内か県内か、県外で有れば何県からか?」「年齢は?」「性別」そして「何で知ったか?」等が一般的ですが、場所によっては、「日帰りなのか宿泊なのか?」や「何枚収集していますか?」と言った設問も有ります。特に驚いたものでは、受け取ったマンホールカードをインターネットオークション等に出さないとの誓約を求める所も有りました。逆に何も無く簡単に「はいどうぞ」と渡してくれる所も有りますが、それも少し物足りなく感じるのは、はるばる遠方から貰いに来たのにという、収集家のエゴなのでしょうか。
ただマンホールカードを貰うという事でその場所を訪れ、そこで新しい情報を得る、周辺を見て歩く、新しい発見が有ります。それが一つのマンホールカード収集の楽しみ方のひとつだと思っています。
これからも、第7弾・第8弾と続々新しいマンホールカードが発行されて来るのを楽しみにしてます。
2017年12月11日時点収集.jpg
(2017年12月11日時点の収集済マンホールカード一覧)
nice!(0)  コメント(0) 

今日の一枚(栃木市大平町西山田のイルミネーション) [祭]

今日の一枚は、栃木市大平町西山田、太平連山の最高峰晃石山南麓の暗闇の中、色鮮やかな光を発している「栃木市おおひら歴史民俗資料館」前のイルミネーションです。
大平町西山田.jpg
前回は同じ大平町で行われている東武日光線新大平下駅東口前広場の「光と音のページェント」を見て来ました。こちらの西山田のイルミネーションは今回初めての訪問でしたが、期待以上に素晴らしい見ごたえの有るイルミネーションです。
今日は少し小雨が降っていましたが駐車場の車の中からでも見られるのも魅力です。
周辺に光が無く真っ暗闇の中というのも、イルミネーションを一層鮮やかに見せているのかも知れません。
nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | -